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まくらの日記

計画性ゼロの女が思ったことを書いていく

ネトウヨの思考は『恋空』=スイーツ(笑)であること

ネトウヨの思考は『恋空』なのではないかと思いついた。

『恋空』はJK時代に本で読んだことがある(JKという華やかな響きとは無関係な高校時代だったけど)。感想は、「悲しい話だけど、う~ん」みたいなかんじだった。

 

『恋空』について、作者は実話を基にしていると言っているけど、フィクションだろう。ネットでもいろいろ指摘されているので詳しくは書かないが、内容が現実的にありえない、このようなものだと思われては困るという声がある。

また、いじめ、レイプ、流産、がん、恋人の死など、ひとつひとつ重いテーマが、次々に登場し、あっさりと解決していくことに対する批判もある。そんな簡単に立ち直れるはずがない。私なら鬱になるだろう。

これらのテーマを取り上げるなら、語りたいなら、大切に慎重にやるべきだろう。

しかし、作者はそうしたテーマを語りたかったわけではなく、あくまで「自分」を語りたかったように思える。

さまざまな悲劇に縁どられ、それでもけなげに、純粋に、前向きに頑張る「自分」。周囲から愛される「自分」(『恋空』で作者=美嘉は人気者として描かれている)。

そうした「自分」をネット上で語ることで、称賛を得たかった。

 

もちろん、『恋空』の内容が全てうそなのではないかと言いたいわけではなく、一部は作者の実体験、あるいは近しい経験だったのだろう。

作者にも心の傷があるのかもしれない。そうした心の傷を、「自分語り」をすることで解消することを否定しないし、できない。

ただ、ネットという公共の場に出すならば、自分だけでなく、他者への配慮が必要だったのではないか。

プライバシーを公開される友人たちへの配慮、優しくしてくれたのにふった「優」への申し訳なさ、重病なのに病状を悪化させる行為をさせた「ヒロ」への罪の意識(もし事実だった場合の話だが…)などが見えなかった。

結局、自分を語りたかっただけというか、自分が称賛を浴びたかっただけというか…

心理学や社会学でいう「承認」が欲しかったのかな。

 

『恋空』についてはネットでさんざん叩かれているから、もう十分と思うし、自分が特に叩きたいわけではない。

問題は、ネトウヨの思考が『恋空』と同じなのではないかということ。

日本/日本人スゴイという語り、そして自分の被害者性を強調する。自分=日本/日本人のすばらしさを固めるために、自らの加害性は無視または否定する。

ネトウヨのネット活動は承認欲求からきているのではないか。今の世の中、普通に生きているだけでは承認されない。

ただ、だからといって許されないレベルにまで達している。

 

『恋空』については、スイーツ(笑)としてネットでさんざん批判されている。

作者が若い女性、また『恋空』を人気小説にしたのも女子高生だから、叩きやすかったのだろう。

しかし、ネトウヨの思考のレベルも『恋空』と同じだ。スイーツ(笑)と言われるべきではないか?